「お客様は仏様です」

 

それを口癖に、糸目にV字型の口元という張り付いたような笑みを浮かべて、死後の手続きを行う死役所に勤務するシ村。

あの世とこの世の堺で、様々な死者が生前を振り返りながらそれぞれの死出の旅路を歩みます。

 

このマンガには社会問題として注目された事のあるテーマが多く取り入れられており、いじめや虐待、高齢者の孤独死など、身近にある問題なだけに物語に深く引き込まれます。

舞台となる役所は喪に服しているような黒一色な背景の上、そこに辿り着いた死者は死亡時の姿で現れるのでかなり異質な空間です。

職員は全員が「シ村」のように名前にカタカナの「シ」が含まれていて、死後に職員として成仏の辞令が出るまで勤務しています。

 

「仏様」となった死者はどんな人生を歩んできたのか?

徐々に明らかになる職員達の生前とは?

成仏するか、天国へ行くか、地獄に落ちるかはその人の生前の行い次第です。

 

自殺ですね?

同級生からいじめられて自殺した中学1年生の少年・鹿野太一。

 

「お客様は仏様です」

 

【総合案内】のシ村によって【自殺課】へ案内されて成仏する為の手続きを進めていくうち、楽になりたくて死んだのに、何故死んでからもいじめの内容を思い出して書類に書かなければいけないのかと太一は憤ります。

また、いじめの内容を書き綴った日記も母の再婚相手である社会的地位の高い継父が恥じて処分してしまう可能性がある事、同級生達にはいじめをしていたという自覚がないかもしれない事、遺書がないなら同級生達も裁かれずにすぐ忘れてしまう事をシ村から告げられてショックを受け、書きかけの書類を放り出して立ち去ってしまいました。

 

人通りの少ない階段で途方に暮れる太一の前に、いじめの主犯である牛尾がやってきます。

太一の自殺後、日記を見ていじめの主犯を知った継父によって車で轢き殺されたようでした。

ほとんど会話もなかった継父がまさかそんな事をしたとは信じられない太一でしたが、自分の人生を棒に振ってまで復讐をした継父に会って謝りたいと、一度は【冥途の道】を永遠に彷徨おうかと考えます。

しかしシ村が【冥途の道】を彷徨っても継父に会えるとは限らないと教えると、太一は「もっとお義父さんといろんな話がしたかったと伝えて欲しい」とシ村に伝言を頼み成仏していきました。

 

一方の牛尾は【成仏の扉】を進みますが、突如床が抜けて地獄へと落ちていきます。

自分が殺人の被害者になった事で天国行きだと思い込んでいましたが、悪質ないじめや間接的な殺人を行った事が理由で地獄行きが決まったようでした。

死んでもなお反省の色が見られなかった牛尾と、感情の整理をして成仏していった太一。

正反対の結果となった二人ですが、現世ではきちんと裁かれる事もなかった可能性を考えると、それぞれにふさわしい結末だったと言えるのかもしれません。

 

命に代えても

シ村に【人為災害死課】へ案内されたのは、頭部の右半分を失った女性・上杉涼子でした。

生前の彼女には前科があり、なかなか就職先が決まらなかったところをとある町工場の社長に拾われます。

工場の従業員の中にも涼子と同じような経緯で社長に雇ってもらった者もおり、涼子は社長への感謝を込めて精一杯工場で働き始めました。

ある日の作業中に吊り上げられていた鉄板が落ちる事故があり、真下に居た社長を庇った涼子は頭の半分を失って死亡します。

死役所を訪れた涼子は、誰かを助けて死亡した場合に記入する【挺身申請書】を書くよう勧められますがそれを断固拒否。

社長には感謝しているものの、自分の命を投げ出してまで助けた事を後悔していた彼女は、そう思っている自分自身にも自己嫌悪の感情を抱いていました。

 

「助けられた事による罪の意識で自殺する人もいる」

 

シ村にそう教えられた涼子は自身の気持ちに区切りをつけて、【挺身申請書】を書く事に同意します。

そして成仏の前に身の上話を聞いて欲しいと言う涼子の願いを、シ村は快く受け入れるのでした。

 

実は涼子が命を落とした事故は故意に起こされたもので、訳ありの人間を連れて来ては異常な低賃金で働かせる社長を殺害する計画が従業員達の間で練られていました。

社長を慕っていた涼子には計画を伝えられておらず、他の従業員達は涼子の死に同情しながらも、彼女に助けられた社長が罪の意識で自殺すればいいのに…と密かに願っているのでした。

 

あしたのわたし

 

「お客様は仏様ですから」

 

年配の職員・イシ間との立ち話の間にも、シ村は死因に合わせて死者を担当課へ案内していきます。

涙もろく人情家のイシ間は早くに亡くなった子供の相手は苦手としており、自殺課を担当している女性職員に「子供は来たか?」と尋ね「来た」と聞いては落ち込んでいました。

 

幼稚園に通う凛は、首にできた痣について担任の先生に尋ねられます。

「転んだ」と答える凛でしたが、髪にフケが付いていたり同じ服ばかり着ている事に気付いた先生は母親からの虐待を疑います。

一人で家に帰ってきた凛は、眠っている母親の傍で大好きな絵本を声に出して読み始めました。

しかし昼間に寝る生活をしている母親は凛を疎ましがり、雪が降っているにも関わらず娘をベランダへ締め出してしまいます。

凛がベランダから下を見下ろすと、幼稚園の担任の先生が凛の家を訪問する為に歩いて来るのが見えました。

 

「このままではお母さんが先生に怒られる…」

 

インターホンが鳴っても母親は布団から起きようとしません。

凛は先生が諦めて帰るまで、母親が応対しないように必死に願っていました。

 

やがて家の中に入れないせいで、我慢できずにおもらしをしてしまう凛。

それを見た母親はおもらしした事を反省するよう冷たく言い放ち、凛をベランダに締め出したまま自分は出掛けて行きます。

薄着の上におもらしをして体が冷えていた凛は、その日の晩、最期に「お母さん大好き」と言い残して短い人生を終えるのでした。

 

イシ間が担当する【他殺課】を訪れた凛は、成仏する為の手続きを無事に完了させます。

”死”そのものを理解していない少女は「お母さんをいつも怒らせていたから自分はいい子じゃなかった。天国に行けないかも」と思っていました。

殺された実感もなく、死んでもなお自分の母親は優しい人物だと信じている凛にイシ間は涙を流します。

早く成仏すれば再び母親に会えるかもしれない。

イシ間にそう言われた凛は笑顔で成仏していきます。

その後ろ姿を見送ったイシ間は、自分を殺した母親をあそこまで庇えるのが愛なのかと納得できない様子。

それに対しシ村は「ただの洗脳でしょう」と答えます。

納得のいくシ村の言葉に、次に生まれる時は本気で愛してくれる母親の元に産まれるようイシ間は祈るのでした。

 

凛の葬式で、我が子の死を悲しむどころか彼氏と結婚できると喜んでいる母親。

その頬を幼稚園の先生が思い切り張り飛ばし、「人殺し」と罵ります。

更に警察が逮捕状を持って現れ、母親は凛の殺人容疑で逮捕される事になりました。

逮捕を免れられないと悟った母親は、自分の頬を叩いた事を理由に幼稚園の先生も傷害で逮捕するよう警察に訴えます。

しかし「もっと早くに逮捕していれば凛ちゃんは死なずに済んだ」、そう刑事に言われ母親は青ざめた表情のまま連行されていきました。

 

凛の母親が職員として配属されたらどうしようかと心配するイシ間に、シ村はいつもと同じ張り付いたような笑みのまま「死刑にならないとここの職員にはなれない」と返します。

死役所の職員は全員が元死刑囚であると明かされ、一見温厚そうに見えるシ村やイシ間にも、死刑になる相当の罪を生前に犯していたと思われます。

職員の生前の罪、それがこれから少しづつ明かされていくのでした。

 

働きたくない

【他殺課】からイシ間の怒声が響き、シ村と女性職員はそちらへ向かいます。

【他殺課】には子供を五人殺害して死刑になった江越伸行という青年が訪れており、その罪を許せなかったイシ間は彼が同僚になる事を避ける為に【死刑課】ではなく【他殺課】で処理しようとしていました。

シ村は自分が担当すると言って江越を引き取り、死役所で職員として働く為の説明を始めます。

 

生前の江越はフリーターとして働いていましたが、勤務態度が悪くそれを注意されるとすぐに逆上して相手を怒鳴りつけては辞めていました。

ある日、本屋で死刑囚の生活が書かれた本を見付け、楽して生活したいと思っていた江越は死刑になる為に恐ろしい計画を立てていきます。

 

集団登校をしている小学生を次々と車で撥ねて殺害し、死刑執行後に死役所へやってきた江越は、「死刑囚は職員として働く事が条例で決まっている」と説明したシ村を怒鳴り付け職員として働く事を拒絶します。

職員として働かないのなら【冥途の道】で彷徨う事になると告げるシ村に、楽する事しか考えていない江越は喜んでそれを選択しました。

【冥途の道】へ進む直前、江越はシ村が死刑になった理由を尋ねます。

個人的な事は答えられないと返すシ村を鼻で笑い、誇らしそうに「俺は五人殺した」「俺はすごい」と武勇伝のように自分が起こした事件を語る江越。

シ村の顔からはいつもの張り付いたような笑みは消え失せ、最後に「永久に彷徨ってろ」と吐き捨てると、江越は【冥途の道】へと吸い込まれていきました。

江越の姿が完全に消え失せるとシ村は元通りの笑みを浮かべ、次の新人候補を待ちながらいつもの仕事に戻るのでした。

 

あとがき

仮想とはいえ誰かの生死が描かれたこの漫画は、人によってはショッキングな内容かもしれません。

しかし誰にでも”死”が訪れるからこそ、考えさせられる事もあると思います。

様々な死因で死役所へ来る死者達や、これから明らかになる元死刑囚の職員達のエピソードが楽しみです。