「お客様は仏様です」

 

それを口癖に、糸目にV字型の口元という張り付いたような笑みを浮かべて、死後の手続きを行う死役所に勤務するシ村。

あの世とこの世の堺で、様々な死者が生前を振り返りながらそれぞれの死出の旅路を歩みます。

 

腐ったアヒル

【自殺課】担当のニシ川は、死者から「アヒルロード」という漫画本を譲り受けていました。

それを描いた塙保(はなわ たもつ)は、有名な小説家である戸川アランが原作を書く「アヒルロード」の作画を担当しています。

部屋もパソコンもその他のいろんな所持品が戸川アランのおかげで手に入った物であり、塙は劣等感のような感情を抱えていました。

31歳を迎えてもまだ自分の漫画が売れなくて焦っていた塙は、漫画の担当者から「戸川アランはバイクに乗っている時に「アヒルロード」の話を思い付いた」と教えられ、自分の漫画のアイデアを出す為にバイクであちこちへ出掛けます。

そんなある日、交通事故に遭った塙は視力のほとんどを失ってしまうのでした。

 

眼がほとんど見えなくなった塙はリハビリ施設に通います。

施設からの帰り道、「アヒルロード」の担当から自分の後任の漫画家が決まったと連絡を受けてその人がどんな絵を描くのか気になりますが、同時にもう見えないのだからどうでもいいと諦めてもいました。

子供の頃からずっと目指していた漫画家になった経緯に思いを巡らし帰り道を歩き出した塙は、眼が見えなかったせいで崖から足を踏み外し滑落死します。

周囲からは眼が見えなくなった漫画家として認識されていた為、事故ではなく自殺だと思われていました。

 

死役所へやって来た時も、塙はシ村によって最初は【自殺課】へ案内されます。

しかし自殺ではない事が明らかになり、改めて【生活事故死課】へやって来た塙の元へ、ニシ川から「アヒルロード」を譲ってもらったハヤシがサインをもらいに来ました。

「世間的には自殺と見なされてしまうかもしれない」

そう告げたシ村に、塙は「死のうとした事はないけれど、”死にたい”とは何度も思った」と自分の気持ちを打ち明けます。

しかし同時に、自分の漫画を描きたかったから死のうとはしなかったとも強く思っていました。

リハビリでも、漫画が描けなくなったとしても話なら書けるようにと練習の途中でした。

自殺と思われるのは悔しい。

しかしそれを伝える術はなく、受け入れるしかありませんでした。

 

戸川アランは「アヒルロード」の担当から、塙の後任の漫画家が決まったと告げられました。

全く興味がないような返事をする戸川でしたが、塙が自殺した事を嘆く担当に「自殺なんかじゃない」と初めて反応します。

失明した事により固定観念に捕らわれていた眼が解放され、以前は描けなかった話を描けるようになっていたハズだと戸川は期待していました。

塙との直接の面識はありませんでしたが、作品を通じていつも彼と会話していたと言う戸川。

塙が描いた話が読みたかったと、彼の死を悼むのでした。

 

男やもめ

襟川という気難しい老人が死役所にやってきました。

シ村が担当の課に案内しようとしますが、死因なんてどうでもいいと言い放つ襟川に対し根気強く対応し、やっと【心臓病死課】へ連れて行く事ができます。

彼の妻も1年前に亡くなっており、自分の順番を待つ間にふと思い出したようにシ村に尋ねました。

 

襟川の妻は病院で亡くなったようで、たくさんの花と入院中に見舞いに来た大勢の友人達からの贈り物と一緒に荼毘に付されました。

一人になった父親を心配した息子が同居を持ち掛けますが、「しなければならない事がある」と断ります。

襟川が言った「しなければいけない事」とは、生前に妻が作った友人関係を引き継ぐ事でした。

葬儀の後、妻の遺品の中から料理ノートを引っ張り出した襟川は、老人会で評判だったという肉まんを作り始めます。

しかし砂糖は体に悪い!と必要な調味料を抜いたせいで滅茶苦茶な味の肉まんが出来上がったり、初めてゲートボールに参加したものの教え方が悪いから上手くできないんだと文句を言ったり、老人会で甘酒を作る時も自分は焼酎がいいから買って来いと発言したりと、自分の口の悪さを自覚していない襟川は内心距離を置かれている事に気付いていませんでした。

先に死役所へやって来ていた妻はそれを心配しており、「男やもめに蛆がわき女やもめに花が咲く」という諺を持ち出して、自分の夫は人付き合いが下手だから家の中に閉じこもって蛆がわくくらいが安心するとシ村に語ります。

 

心筋梗塞で突然の死を迎えた襟川の体は、皮肉にもその言葉通り、誰にも死んだ事が気付かれず放置されたまま体中に蛆がわき腐っていくのでした。

 

石間徳治

【他殺課】担当の年配の職員・イシ間は子供が早死にする事に胸を痛める人物で、その日も死役所を訪れた中学生の女の子の相手をして共に泣き、生前一緒に暮らしていた姪の事を思い出していました。

そしてシ村に「俺が殺した奴らもこの課に来たんだよなぁ」と胸の内を零します。

 

イシ間の生前はごく平凡なもので、大工の仕事をしながら弟の遺児であるミチという少女と一緒に暮らしていました。

ある日夕食を摂っていたイシ間とミチは、畑の方から物音がしたので様子を見に行きます。

畑では二人の少年が芋を盗もうと掘り返している所で、そんな彼らを哀れんだミチは大根を渡して彼らを家へ帰らせるのでした。

 

数日後、イシ間が自宅へ帰るとミチの食事が食べかけの状態で残っていました。

訝しんだ石間が畑へ向かうと、先日芋を盗みに来ていた二人の少年がミチを強姦している場面に出くわします。

食料を分け与えたミチの優しさに対してのあまりの仕打ちに、イシ間は激昂し鍬で片方の少年を殴り付けてミチを救出します。

ミチを家の中へ逃がしたイシ間は、痛みに呻く少年に鍬を振り下ろしてとどめを刺し、逃げたもう一人の少年を追いかけました。

逃げた少年を山の中まで追いかけたイシ間は、身勝手な言い訳で命乞いをする少年を鍬でめった刺しにして殺害し、二人纏めて山の中に埋めて隠します。

この事件はミチが嫁ぐまで公にならず、逮捕されたイシ間はミチが受けた暴行を隠して「芋泥棒に腹が立った」と供述した為に死刑が決定しました。

 

そして現在。

いつものように仕事をしていたイシ間の元に、シ村に案内されて年老いたミチがやって来ました。

晩年は認知症になったものの、最期は子や孫に見守られながら天寿を全うしたミチに、辛い事があったもののそれを乗り越えて生き抜いた彼女に「よく生きた」とイシ間は涙を流します。

ミチが旅立つまでの短い間、二人は昔と同じように語り合うのでした。

 

初デート

【人為災害死課】の若い青年・岩シ水と、【交通事故死課】の滑舌の悪い年配の男性・松シゲが、訪れる死者の見た目について話していました。

二人が担当する課はグロテスクな見た目の死者が訪れる事が多く、特に若い岩シ水は死者の姿を見て思わず感情を顕わにする事があるようです。

 

外出しようとしていた少女・夏加は母親に呼び止められ、「友達と一緒に買い物に行く」と曖昧に濁して言って家を出ます。

お気に入りの花柄のパンプスを履いて辿り着いたのは公園で、同い年の少年・智也が待っていました。

互いにぎこちなく挨拶を交わし、二人は夏加が考えてきたデートコースを回り始めます。

映画館やゲームセンターを巡って次の目的地へ向かっている時、履き慣れないパンプスのせいで夏加は靴擦れを起こしてしまいました。

コンビニで絆創膏を買って来ようとする智也ですが、夏加はそれよりも手を引っ張って欲しいと頼みます。

人が見ている事を理由にそれを断る智也。

夏加を残し一人でコンビニへ向かいましたが、その直後、後ろから大きなブレーキ音と衝突音が響きます。

事故を起こしたトラックの下を覗き込み夏加の無事を確かめようとしますが、残念ながら夏加は15歳という若さでこの世を去りました。

 

死役所を訪れた夏加は担当の松シゲに従って書類を書いていきます。

徐々に自身の死を実感していく夏加。

しかもその体は腹部を大きく損傷しており、綺麗な姿とは言えないものになっていました。

【交通事故死課】に立ち寄ったシ村に「デート中に恋人の前で亡くなって辛いでしょう」と言われますが、夏加はその言葉を否定します。

実は夏加と智也は付き合っている恋人同士ではなく、夏加が智也に片思いしている状態でした。

夏加からの告白を既に彼女がいる事を理由に断る智也でしたが、もうすぐ転校してしまう夏加は最後の思い出にデートをしたいと頼んだのでした。

 

「きっと相手にとって忘れられない思い出になっただろう」と言ったシ村の言葉に、「人一人が死んで何が思い出なのか。ただのトラウマではないか」と言い返す夏加。

更にシ村は「恋人に別れを切り出されてその場で自殺し、これで相手は永遠に自分を忘れる事はできないと言う人もいる。姿はどうであれ、誰かの心に残り続けるのは喜ばしいのでは」と発言し、その言葉は夏加の逆鱗に触れました。

シ村に平手打ちを喰らわせた夏加は、「いつか忘れられてもいいから綺麗なまま普通の状態でいたかった。生きてお別れをしたかった」と涙を流します。

身体が崩れ、床に突っ伏して泣く少女を見て、シ村の顔からはいつもの笑顔が消えていました。

 

夏加を見送った後、珍しくぼーっとしていたシ村に松シゲが「生きていた時の事でも思い出したか?」と問いかけます。

それを否定するシ村でしたが、彼の脳裏には生前のシ村らしき男性が、血塗れで横たわる少女を呆然と見下ろしているシーンが描かれていました。

 

あとがき

早くも2巻で、最後に少しだけですがシ村の生前の様子が垣間見えます。

死刑にまでなったシ村の生前の罪とは何なのか。

最後のシーンで彼が見下ろしていた少女は誰なのか。

そしてシ村との関係は。

様々な人生を歩んできた死者達の登場も見逃せませんね。